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【ディスクレビュー】BUMP OF CHICKEN 『COSMONAUT』 - 「複雑化と時空旅行」
2014-03-29 Sat 01:13

COSMONAUTCOSMONAUT
(2010/12/15)
BUMP OF CHICKEN

商品詳細を見る




 前作『orbital period』以来約3年ぶりとなった『COSMONAUT』が発売したのが、もう4年も前になる、。3年から4年のスパンで作品を生み出しているバンドなので、この長期間というのはさして驚きでもなんでもないわけだが、本作で驚くべきは、ブルースとカントリーという藤原の音楽趣味に依っていたバンドの音楽性が、また一つ変わったことだ。
 「三ツ星カルテット」と「beautiful glider」を聴いてみよう。アルバムのトップとラストをそれぞれに飾る曲であるが、今までの彼らのプレイからは想像できないくらい、複雑なリズムを刻み、アコースティックギターの高速アルペジオが奏でられている。この複雑さ、一体どこからアイディアを頂いたのだろうか。
 想像するに、それはマスロックではないか。複数なコード/変拍子/予測不可能な曲展開をベースにした、ソリッドなギターサウンドでゴリゴリと押していく、そんな音楽ジャンル。思うに、バンド音楽でいうところの「キメ」のタイミングや、音を鳴らし合うことで構築していく、細かく言えば、発生させた音で曲という建造物を建築(アーキテクトする)していくことに興奮を求めた、プレイヤーの求道的な姿勢に裏打ちされた音楽だ。

詳しくは↓のコラムを、古今東西様々なマスロックをまとめあげた入門的コラム
COLUMN: Math Rock / Pop http://hihiwhoopee.tumblr.com/post/71830923334/column-math-rock-pop







 「モーターサイクル」を筆頭に、「分別奮闘記」「透明飛行船」と並ぶこの3曲は、本流のマスロックとはサウンドは違うものの、リズムを学理的に追いかけ、バンド隊それぞれが適切なタイミングで音を鳴らしダイナミズムを生み出すことに注力しているように聞こえる。シングル「R.I.P.」も含めて、ドラマーの升はかなり凝ったパターンをいくつも聴かせてくれる。そして先にも挙げた「三ツ星カルテット」と「beautiful glider」、カントリーミュージックとマスロックとを掛けあわせたBUMP流の回答がこの2曲にあるのだ。

 なぜBUMP OF CHICKENは、サウンドの複雑化へと接近したのか。4人自身のプレイヤビリティを上げて生み出せる楽曲の幅が増やそうとした、これまで揶揄されていた「演奏がヘタ」という声を払拭しようとした、学生の頃から仲の良い4人で生み出す音楽という絆を大切にした現れ・・・それらがからみ合った故の接近なのだと思える。
 
 そしてこのサウンドの複雑化は、どんどんと大人になっていく彼ら自身を表しているように思える。藤原が描いた歌詞にもそれが十分見えるようになった。

 ここで一度、彼らの作品と裏側を、大きく俯瞰してみよう。
 1作目の『FLAME VEIN』から3作目の『Jupiter』までは、無理に強がってキミのために歌を唄い、それが崩壊してしまう、同時に彼の極私的な内情の吐露が、他者である聴き手からの共感を得てしまう、この2つが同時進行し絡み合っていたように見える。

 4作目『ユグドラシル』と5作目『orbital period』を、それまでの『自分から自分に語りかける(他者を使って自分を照らすような手法で)』ことから、一歩踏み出して『自分から他者に語りかける』という大きな転換を起こした。音楽性の変化も加わり、熟成を経て産み落とされたのが今作だと言えよう。

 今作のために藤原が唄った言葉の中でもっとも面白いのは、今現在の存在から見た過去の存在へと言葉を贈るような、時空を飛び越えて逡巡と懐古を纏わせた言葉が多いことにある、しかもその存在を、他でもない聞き手自身だと思わせる辺りが心憎い。前作『orbital period』に「時空かくれんぼ」という楽曲があるように、それより前なら「ロストマン」があるように、加えて彼らの音楽変遷が徐々にカントリー・ミュージックめいた優しい音に包まれていったのと時を同じくして、彼らは過去を見つめなおし、時間軸に浮かび上がる過去の自分自身を見つめていたことがはっきりと分かる。

 作品をメタ的に俯瞰し、次元超越するかのように過去への言葉を唄うことということは、●×の影響が音にあらわれているなどといった無意識が現れ出たというレベルではなく、意識的な行動によって担保された、はっきりとした過去を彼らが見ているということにほかならない。それは、<恥>を受け入れること、<トラウマ>を乗り越えていくこと、<心の傷のを受け入れる>という闘いを始めるor共存していく、その一歩を刻むことともしかしたら同義なのだろう。
 同時に、彼らは俯瞰的に物事を見た上で、自分たちがあまりにもゆっくりに見えるが着実に進んでいくという姿を綿々と描いてきたことに気付いたのだと思う。いずれにせよ、過去を徹底的に見つめなおし、ゆっくりとだが行動を続けていく、それが彼らの強さなのだろう。それも、直接的に「戦え」という言葉を歌うこともなく、強い衝撃を与えるような音に拘ることも無く、人を戦いに赴かせることができる、そんな音楽を彼らは奏でている。

 次元を飛び越えて過去を振り返った彼らはその後、現実には存在しない歌姫、それも2次元上ないしは電子世界の歌姫とコラボレーションすることになるわけだが、両者がシンパシーを得るきっかけになったのも、彼らのこういった姿勢にあるのかもしれない。






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