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【ディスクレビュ-】BUMP OF CHICKEN『THE LIVING DEAD』 - 「腹話術師が導いた答え」
2014-03-03 Mon 23:04


THE LIVING DEADTHE LIVING DEAD
(2004/04/28)
BUMP OF CHICKEN

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 ほぼすべての曲の作詞・作曲・レコーディングを1999年秋から2000年春にかけ、アルバム曲のレコーディング期間は約一週間、藤原以外の人間はメロディーも歌詞も知らない状態で録音。まさに目の回るような勢いで製作が進んだのが今作『THE LIVING DEAD』だ。

 今作収録の楽曲の歌詞は全編小物語としての体裁やテイストが施されており、1曲目の「Opening」で、涙をながす<キミ>にとあるキャラクターが「いくつのか物語をプレゼントしてあげよう」と語りかけ、最終曲「Ending」で再び冒頭の人物が現れ、「プレゼントした曲」を仲間にしてガンバレと歌い、涙を流している人の元にまた旅立っていく。一曲一曲の短編的な歌詞群に気を取らられず、俯瞰的に見れば「THE LIVING DEAD」そのものが涙を流す<キミ>に向けられた短篇集となっているのだ。

 ここまで作品概略を綴ってはみたものの、僕は<物語作品>といった印象は一切持っていなかった。言われてみれば「そうだね」という程度の、刺し身を食べる際にわさびを入れるかどうかといった、スパイスのような装置だと思っていた。だが今作で見せた「設定好き」や「筋書き」といったメタな手法、は、どうやらバンプオブチキンという表現体にとってはその後重要な点を捉えているようである。

 話を本筋に戻そう。本作は言うなれば、<大きな一歩>と言えばいいだろう。前作の荒削りすぎたサウンドはグッとシャープさを増し、ギターロック・バンド然としたサウンドスケープを手に入れた。「グングニル」や「グロリアスレボリューション」のハイテンポナンバーから、「Ever lasting lie」や「リリィ」のようなミドル~スローテンポな楽曲までをも揃える。

 これだけならばその他大勢のバンドと大差はないのだが、本作で特筆すべきは、「ギター」という一本の筆だけでのみということであろう。打ち込みサウンドの彩飾も、ブラスバンドの合いの手も一切なく、エフェクターによる音色の変化も左右の手だけで事足りるほどで、おまけにリズムも単純な8ビートだけを刻み続けているとくれば、かなり平凡なアルバムではなかろうかと思われても仕方ない。にも関わらず、本作の10曲はこの10年間多くの人を魅了してきた、彼らのハイセンスぶりがどことなく伺え知れる。








 白黒2色の濃淡だけで彩どったような音世界のなか、本作の歌詞は物語形式を取ったことで、彼らBUMP OF CHICKENによる<主格の視座の置き方>がはっきりと浮きぼられている。

 J-POPの大半は、歌を唄っている人物がその歌の登場人物本人であることが仮託された(そう見えるように作られた)歌詞が多い。けれども、とあるキャラクターが<涙を流すキミ>に向け物語を紡ぐ本作では、歌う人間(とあるキャラクターはもちろん歌う本人も)は、楽曲内の登場人物には決してなれない、腹話術師のような形が取られている。

 歌詞中には、荒れ狂う大嵐や大雪、主人公を強く責め立てる社会や逆らえぬ運命など、圧倒的に強く理不尽な存在が登場し、そういったどうしようもない存在に立ち向かう物語ばかり。「グングニル」は欧州神話をもじった単語と責め立てる社会に揉まれ航海へと出る物語、「K」は死んだ飼い主の手紙をその恋人へと届けていくネコの物語、愛する人のためにシャベル片手に砂を掘り続ける人を描く『Ever lasting lie』、力強く生きていくための処世術を歌う『グロリアスレボリューション』。歌い手ではないキャラクターが<隣にいる>という異物感は、登場人物を優しく慰め励ます歌詞と、藤原基央の細い歌声、気だるさと力強さが交互に訪れる歌い口によって、時に増幅されていると言っていい。まさにBUMP OF CHICKEN≒「弱者の反撃」の名に恥じない言葉の数々だ。

 もちろんこの腹話術師のような方法論はエポックメイキングなものではなく、昔からあるような常套手段だということは、強くここで断っておきたい。だが、自分自身とはなにか?という強がり含みの表明に終始していた前作から、キャラクターを使った<君のために歌を歌う>という本作での選択は、後にBUMP OF CHICKENにとって重要かつ、大きな鎖となっていく。
 
 さて、本作を『The Living Dead』とつけた意味はどこにあるのだろうと考えたとき、ふっと気づくことがある。再生し、停止し、再生し、停止し・・・CDというメディアはまさに「ゾンビ≒リヴィングデッド」であり、何度でも蘇生≒再生することができる。それは最終曲「Ending」で歌われたような、本作の、涙を流す<キミ>に向け物語をプレゼントするというコンセプトを盛り立ててくれるのはいうまでもない。
 「悲しくなった時、この作品を聴けば、勇気の出るうたが必ず届けられる」。この謳い文句、リスナーとの信頼関係を築くのにはもってこいだろう。大きな木に向かって歩く人物を描いたあの白黒のジャケット絵のように、彼らは大きな一歩を踏み出している一作だ。









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