スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 |
【ディスクレビュー】BUMP OF CHICKEN 『Jupiter』 - 帯びた誠実さとその理由
2014-03-08 Sat 23:19




jupiterjupiter
(2002/02/20)
BUMP OF CHICKEN

商品詳細を見る




 いきなりだが、僕らはそもそも【ロック】という音楽が、馬鹿と利口がくっついてしまっていることを案外見落としてしまう。

 例えば、ビートルズはどうだろう。
 彼らは確かに伝説級のセールスと人気を誇っているが、初期作にはカバー・ソングも多く、先達者から受けた影響を似通ったフレーズやカバーソングとして出してしまう辺りに、ビートルズのちょっとした馬鹿正直さが見えてくる。
 もちろん、影響されたエッセンスを凝縮し秀でたポップソングを生み出すセンスがあるし、中期になれば、サイケデリックさとポピュラーミュージックの折衷を目指していくバンドへと変貌していったのは、言うまでもなくこの馬鹿正直さがあったおかげからかもしてない。だが、この中期頃の格好はいかにも『ちんどん屋さん』そのもので、当時から見ても、今の時代から見ても、普通の人から見れば笑い者にされてしまう。彼らは、馬鹿と利口を両手に持っていたバンドなのだとボクは思う。







 例えば、Mr.Childrenはどうだろう。
 解散もメンバー交代もなく、20年以上もの間愛され続ける国民的バンド。アメリカで言えばRed Hot Chili Peppers、解散してしまったがR.E.M、イギリスで言えばU2など、挙げてしまったバンドは洋楽ロック好きなら必ず見たことがあるビッグネームだが、遍歴を見ればMr.Childrenは彼らと非常に近しいバンドだ。
 一切海外での活動を行わない「ドメスティック・ブランド」のイメージを継続し、日本における「ロック」を自問し、その答えを様々な言葉と音で示し続けてきた、ある意味では模範的で利口なロックバンド。だが彼らはThe Beatlesに比べてしまえば(すごく極端な対比論で申し訳ないが)、世の中を丁寧に俯瞰して視るがゆえに、無責任にも似た馬鹿さ加減が少しだけ足りないように見える。








 そんなことを考えながら、BUMP OF CHICKENのメジャーデビュー作『Jupiter』に考えを寄せる。
フジテレビのドラマモチーフに選ばれ、そのドラマに使われた主題歌は大きなヒットを飛ばす。メジャーデビューしたロックバンドとしては最大級の追い風が、当時の彼らに吹き付けていた。

前作『THE LIVING DEAD』には、廃盤となったシングル「リリィ」が収録されている。

「低いステージの上 必死で格好つけた
自分も人も上手に騙し”真面目に聞けよ!”って怒鳴り散らした
~~~~~~中略~~~~~~
低いステージの上 必死で格好つけた
自分も人も上手に騙し 夢を見て 夢を見せた」


一つの物語の上で成り立っていた前作の中で、この歌詞は当時の彼らをそのままに表している。

ライブっていうのは、お茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ
チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ、そんで、見にこい。俺らあれだから、ブラウン管の前で評価されたくないから
俺らはハリウッドスターほど会えない人達じゃない。現に俺らは曲で君達のそばにいるから。
(ライブ中に演奏を止め)おい、おめーら、手拍子なんかしてんじゃねえ、一緒に合唱してんじゃねえよ、演歌じゃねぇんだから

ひどい言葉もあるが、ほぼすべて、彼らがJupiter発売前のライブでMCした言葉だ。
もともと青臭いつよがりを必死に続け、責任を過多に背負い込み、ショーマンシップとエゴイズムが錯綜した胸中で、当時の彼らは目いっぱいに走り抜けていた。そこに巨大な期待感という風が吹き付ければ、どうなってしまうかは自明だったのかもしれない。


人に触れていたいと願う人が好きだ、
嗚咽さえもタレ流して、何度と無くすがりついて傷ついて
君に触れていたいよ 名前を呼んでくれよ 
誰もいなくて一人なら こんな歌をうたう俺の生きる意味 
一つもない

(『Jupiter』収録の「Title of mine」より)





 以前からのファンから聞いた話だが、初めて今作を聞いた時、あまりのバカらしさにヘッドフォンを投げ出してしまったという。前作2枚で奏でられた勢いや、『FLAME VEIN』で見せてくれた強がりな姿勢も、『THE LIVING DEAD』で見せた作家性やリスナーとの繋がりも、ここには「ダイヤモンド」と「ダンデライオン」に見えるだけだ。

 その代わりに露見してしまったのは、<周囲>という巨大な期待感とそれによる恐怖心にあおられた、藤原の不安定さ、自己憐憫に浸るナルシストのような姿。前作「THE LIVING DEAD」で素敵な物語を謳い聴かせてくれた腹話術師ではない、ただの弱い人間がそこにいるということだ。

 このようなストレスに陥った状態で活動を続けてデビューCDを出すという意味を、強気とみるか、博打に目の眩んだ大馬鹿とみるかは、人それぞれであろう。いずれにしても、テレビドラマを経由して本作で初めて彼らを聴いた人はまずは思ったに違いない、「こんなに嘘偽り無く、正直に自分の心をそのまま歌うバンドは、初めてではないのか」と。僕もそのうちの一人だ

 これまでの軽快なギターロックとしてではなく、エフェクター処理と綿密なプロダクションによって重々しいギターサウンドへと変貌し、ヘッドフォンやイヤホンの外側の世界を遮断するという意味を強め、本作が醸し出す精神的な不安定さを孤独感へと強めるアクセントになってしまっている。(後年本作を聞き返してここまでしなくてももっとやりようはあったのにとメンバーがインタビューで答えていた。あれは何の雑誌だったか・・・)。

 この大きすぎるギターサウンドという壁は、か細さが際立つ藤原の声に耳を澄ますリスナーを増やし、ナルシズムに陥るスレスレの誠実さを持った歌詞を聴かせる一助になっているのは言うまでもない。言葉というナイフを持ったバンドとしては、不可逆的にその強さを発揮しているといえよう。また「ダンデライオン」の高速ブルーグラス・ナンバーは、藤原本人の嗜好とその後の彼らを予期させる。



https://www.youtube.com/watch?v=hnHt-e9vwNU



 多くの熱心なファンが思っていることではあろうが、、このメジャーデビュー作は、彼らのイメージ通りの作品ではないであろう。繰り返すようだが、BUMP OF CHICKEN、そのバンド名「弱者の反撃」が、<弱者による「強がり」とその「告白」>として露見したのが本作であるが、前2作で強がりつつも見せていた誠実さは、完全に壊れてしまったように見える。
 だが今作で大きく吐き出してしまった「作家・藤原の弱さ」が、『愚直で誠実なバンド」であることを皮肉にも証明してしまった一作でもある。それは彼らが望まぬ格好で手に入れてしまったものだと僕は思う。そしてその影響力は、雨後の筍をみる限り、果てしなく大きいと思う。








長文読んでいただきありがとうございます。
拍手をいただけると嬉しいです。やる気出ます。
感想などは、下のコメント欄、もしくはツイッターのほうに送ってください。
あと、ブログのリンクや記事のトラックバックされることが多くなってきました。
基本、トラックバックやブログリンクは自由にやっちゃってください。
ツイッターに呟いてもいいですよー。
スポンサーサイト
別窓 | 邦楽 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<【ディスクレビュー】BUMP OF CHICKEN 『ユグドラシル』 - 光へと変わっていくための | various music written | 【ディスクレビュ-】BUMP OF CHICKEN『THE LIVING DEAD』 - 「腹話術師が導いた答え」>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| various music written |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。